“Absence of evidence is not evidence of absence, “ Carl Sagan

「存在する」という証拠はないが、だからといってそれが「存在しない」という証拠にはならない ― カール・セーガン
 
 

 火星隕石ALH84001、NASA提供

石が語る物語(45億年前に火星を飛び出した隕石ALH84001)
NASAの火星隕石に生物の化石らしきものが発見[McKay et al., Science 273:924,30]されて火星にかつて生物が存在した証拠であるとした発表が話題になり論争にもなったということを以前にも書いたが、先月末にこの火 星隕石ALH84001に関する新たな発見について再び発表があった。タイトルはTruncated hexa-octahedral magnetite crystals in ALH84001: Presumptive biosignatures 「推定証拠:火星生命の痕跡、ALH84001隕石に発見された角なしヘキサ?オクタヒドラル磁鉄鉱結晶(筆者意訳)」としてPNAS (Proceeding National Academy of Science)から複数の学者による共著で発表された。

 角なしヘキサ?オクタヒドラル磁鉄鉱結晶
 

NASA提供

4年前の論争が起こるまでは火星生命の存在については推測か想像でしかなかったわけだが、McKayにより火星隕石内に生物化石が推定されると推測は仮説となり、今また仮説はその推定証拠を増やしたわけだ。

南極で見つかったALH84001隕石は炭素原子アイソトープによる年齢鑑定で地質学的年齢は約45億年前のものと推定されているが、その 隕石の割れ目の中には約39億年前に生成したと推定される炭酸塩化合物の小球体が見られ、この小球体の間に埋め込まれたように磁鉄鉱 (Magnetite)の微小な結晶が見つかった。

どんな石にもかならず独自の歴史があるがALH隕石が語る物語はドラマティックだ。科学者たちは石が自ら語る物語に真摯に耳をかたむけ集 積した情報をもとにあるシナリオを想像した。ALHの物語は太陽系生成の時代まで遡る。45億年前の太陽系生成の時期にこの隕石はまだ火星の一部だった。 当時はまだ小惑星と呼ばれる隕石が盛んに惑星表面に降り注いだ時代だった。その頃、約40億年前、小惑星の衝突により砕け飛んだかけらのひとつが ALH84001であった。この最初の衝撃で生じた割れ目にその後炭酸塩化合物の小球体が成形され、この同じ時期に磁鉄鉱も沈積したものと思われる。そし てその後再び小惑星の衝突を受け火星表面から弾じき飛ばされて太陽を大きくめぐる周回軌道にのり何億年もの旅を経て、やがて地球に落ちたと想像されてい る。

この割れ目の中の磁鉄鉱の結晶体をよく観察すると地球の海洋に生息する走磁性細菌(magnetotactic bacteria)の体内結晶によって作られた磁鉄鉱と良く似ていたため、火星隕石内の生物化石説を唱える科学者たちはこの結晶をくまなく精査し観察を繰り返した。

参考に磁性体と走磁性菌について微生物学のテキストブックから抜粋してみた。

磁性体(magnetosomeマグネトゾーム)は細胞膜に包まれており、この細胞膜はリン脂質、蛋白質、糖蛋白質などでできており、磁性 体はこの膜に包まれている。またこの膜が外界から溶解性のキレート化された媒介物質を採り入れ、膜内にFe3O4が沈積されると考えられている。磁性体は 水生のバクテリア(細菌)で主に多く見られるが真核生物(eukaryotes)の藻類などでも磁性体を内包し走磁性を示すが、藻類ではサイズが大きくな るほど磁力も大きいことがわかっている。(Biology of Microorganism, Brock, Eighth Edition, Chapter 3, page 93)

走磁性細菌の細胞内で微小な磁性体は鎖のようにつながった状態で生成されるが、地球の南北の磁極を察知して、その磁力線に合わせて並ぶこ とが解っている。しかも北半球に生息するものは北(S極)に向かって進めるように細菌自身の磁極はN―Sの極性をもち、逆に南半球では南(N極)にむかっ て進めるように細菌自身の磁極はS―Nとなっている。(磁石はN極とS極では互いに引き合い、同極では反発し合う、また地球の磁極は現在は北がS極、南は N極である。これは50万年に一度の割合で極が入れ替わることによる。)細菌類がなぜこのような磁性体を持つのかについてはまだ解っていないが、沈積物の 中の酸素の少ない底の方へと潜るのを容易にするためではないだろうかという仮説が立てられている。(Brock)
 


写真挿入(Brock, page684, Figure 16.49)
 

生命現象に起因する磁鉄鉱の発見
この磁鉄鉱結晶に関する調査結果は先ほどの「推定証拠:火星生命の痕跡...」の主席著者でもあるKathy Thomas-Keprtaによって昨年12月、ジオキミカ(Geochimica)にも発表されている。それによるとALHから594個の結晶体を抽出 して電子走査顕微鏡で観察、形態別に分けたところ、うち395個は形に一貫性がなく、41個は針状をしており、残り164個が長方のプリズム型 (elongated prism)をしていた。このプリズムを長く引き伸ばしたような形は地球に生息する海洋性で走磁性の微生物MV-1によって生じる磁鉄鉱に酷似していたた め、さらにMV-1によって生じた磁鉄鉱の結晶206個も電子走査顕微鏡により調べALHの磁鉄鉱と比較した。その結果地球生物MV-1による磁鉄鉱と ALHの磁鉄鉱は見分けがつかないほど良く似ていることが判っていたが2月末の発表論文では比較項目を挙げてさらに詳細に推定をサポートしている。
 

    オクタヒドラル           角なしヘキサ・オクタヒドラル

 それらの項目は結晶の形態、成分や純度、欠陥のあるなし、結晶体の並び方など6項目であるがこの中で結晶体の並び方以外において、ほとん どALHに発見されたものとMV-1によって生じた磁鉄鉱とでは区別がつけがたいとしている。とくに面白い点は地球にも火星にも磁場があるが自然現象な り、生物現象なりが受ける磁力はごく小さく、熱エネルギーの勾配を超えるものではなないとし、またこの磁力が熱力学に采配された化学現象及び生物現象に影 響を及ぼして磁鉄鉱の化学的、物理的沈降を左右しているとは考えにくい、故にこれらの磁鉄鉱が自然に惑星の磁場にそって自身の磁力を最大にするために磁性 体を横長に引き伸ばして結晶するとは考えられず、磁力を最大にするために化学及び物理現象である沈降をコントロールして結晶させることができるのは進化を 重ねた生物現象以外には考えられないとしている。

地球生物種で走磁性をもつバクテリア類は自然淘汰(ダーウィン進化論に基づく)の末に効率良く磁極をもつために細胞内に磁鉄鉱を横長に結 晶(沈降)させる特徴を備えているが、これらのバクテリアによって生成された磁鉄鉱は、生命現象以外の自然現象によって結晶した磁鉄鉱とは明確に異なるこ とが判っており、またこれまでに生物現象以外の自然現象あるいは人工的によっても走磁性バクテリアによるのと同じ形質の結晶は見つかっていないことから、 おおよそこのALH隕石内の磁鉄鉱が生命現象によるものであると推定できるとしている。

そして、ALHの中に発見された磁鉄鉱はどうもバクテリアの体内で生成されたらしい形跡があり、その証拠にALH内の磁鉄鉱は行儀よく一 列に並んでいるぞ、と言っているのがImre Freidmannである。氏は上記Thomas氏の発表と同日にPNASから発表された研究発表で生物起源説をサポートしている。上述のThomasの 発表の中の比較項目のうち一致させることができなかった一点、ALH内の磁鉄鉱結晶が鎖のように一列に並んでいるかどうかについては検証できていなかっ た。Friedmannはこの点を補っている。まずThomasグループが鎖のように並んだ磁鉄鉱を発見できなかったのは磁鉄鉱の抽出に化学的手法を用い たためとし、これを解決するために氏は反射電子顕微鏡(筆者意訳、Backscattered scanning electron microscopy, SEM-BSE)を使って隕石内部の微生物を抽出せずそのままの位置で観察できる手法を用いた。これは微小サンプルの外部構造を観察することができる通常 の電子顕微鏡と違い、石などの内部から放射される電子をモンテカルロ軌道シミュレーションによりサンプル物質の化学物質から放出された電子でイメージを生 成するもので解像度には限りがあるが3Dモードを使用することによりかなり解像度をアップすることができる。これにより隕石内部にある磁鉄鉱をあるがまま の姿で観察することができた。

まず氏は地球の走磁性細菌による磁鉄鉱生成の詳細を述べているが簡単に言うと走磁性細菌はおよそ身体の中心に磁鉄鉱の結晶を真珠のネック レスのようにつなげて生成し、それぞれの結晶は子宮膜のようなものに包まれ、この膜は伸縮性に優れ、新たな結晶の生成には鋳型のような役目をすると述べ、 まず磁鉄鉱が一定の間隔で一列に並んで結晶していること自体、遺伝子情報による生物現象によって以外考えられないとしている。
(Elongated prismatic magnetite crystals in ALH84001, 参考文献の詳細は後記してあります)

ライフ オン マーズ、火星に生命は存在するか?推測から検証へ
マッケイの生物化石の発見以来、この発見を立証しようとする科学者と、その誤りを論証しようとする科学者の双方で真摯な研究が続いているが論争の 中心は「地球生物あるいはその化石を規範にして火星生物の化石らしきものを「火星生物の化石」と判断することに問題がある」としたもので、この問題は実際 に火星からサンプルが持ちかえられる2014年(予定)を前提にしている。火星からサンプルが持ちかえられた時にサンプル中に生命の存在、あるいは存在の 痕跡を探り、判定を下すためには重要であるとして提案されている。

上記二つのPNAS発表の前日にはNASAをはじめとしてジョンソン・スペースセンターやアストロバイオロジー・インスティチュ?ト、国 立科学財団やエイムス・リサーチなどがこぞってこのトピックに関する記事を発表しているが、どれも推定証拠を認め火星生命の可能性を大きくサポートする内 容になっているが、それぞれの思惑もちらりと覗かせている。たとえば国立科学財団はこの発見によって益々隕石探査と調査研究が重要になったことを説き、ア ストロバイオロジー・インスティチュ?トはFriedmannの発表を取り上げ、証拠の検証とさらなる調査のために宇宙生物学がいよいよ重要になったこと を示唆した。なお反証論文に関してはスペースレフのKieth Cowingがわずかに2行ばかり、推定証拠発見の興奮をよそに反証の機会を狙っている科学者もいる旨を述べたにとどまっていた。
 
 

インターネット上参考文献サイト:

火星隕石リスト:Jet Propulsion Site:
http://www.jpl.nasa.gov/snc/

火星隕石ALH84001サイト:
http://www.jpl.nasa.gov/snc/alh.html

文献:
Truncated hexa-octahedral magnetite crystals in ALH84001: Presumptive biosignatures, by Kathie L. Thomas-Keprta, Simon J. Clmett, Dennis Bazylinski, Joseph Kirschvink, David McKay, Susan Wentworth, Hojatollah Vali, Everett Gibson Jr., Mary Fae McKay, and Christopher Romanek
Proceeding National Acadmy of Science, USA Vol.98, Issue 5, February 27, 2001

Elongated prismatic magnetite crystals in ALH84001 carbonate globules: Potential Martian magnetofossils) by Tohmas-Keprta, GEOCHIMICA ET COSMOCHIMICA ACTA 64 (23) 4049-4081 Dec, 2000

Chains of magnetite crystals in the meteorite ALH84001: Evidence of biological origin
by E. Imre Friedmann, Jacek Wierzchos, Carmen Ascaso, and Michael Windlhofer
Proceeding National Acadmy of Science, Vol. 98, Issue 5, February 27, 2001

NASA Announces New Evidence Regarding Past Life on Mars, by Keith Cowing, SpaceRef.com, February 26, 2001
http://www.spaceref.com/news/viewnews.html?id=293

NSF official describes hunt for antarctic meteorites related to new meteorite evidence of primitive life on Mars, National Science Foundation, February 26, 2001
http://www.spacefef.com/news/viewpr.html?pid=3946

4 years later... the case for life on Mars withstands criticism, gains support, Johnson Space Center, February 26, 2001
http://www.spaceref.com/news/viewpr.html?pid=3947

Scientists finds Evidence of Ancient Microbial Life on Mars, Ames Research Center, February 26, 2001
http://www.spaceref.com/news/viewpr.html?pid=3942

Scientist Find Evidence of Ancient Microbial Life on Mars, Astrobiology News Briefs
http://nai.arc.nasa.gov/magnetite_chains.htm?page=magnetite_chains

NASA JSC Background Information on PNAS Mars Meteorite ALH84001 Magnetite Paper, Johnson Space Center, February 26, 2001
http://www.spaceref.com/news/viewpr.html?pid=3938