アストロバイオロジーへの道
The Passage to Astrobiology

1997年に大学のセミナーディスカッションのトピックだったナノバクテリアとの出会いが、いずれ私をアストロバイオロジーへと導くことになるがその当時はアストロバイオロジーはおろか天文学にさえ興味がなかった。もちろん宇宙には興味はあった。何しろ鉄腕アトムやウルトラセブンで育った世代だから四次元とか宇宙人とかをテレビで身近に耳にしていたし、小学校では学研のおばさんが毎月届けてくれる「科学」の付録が待ち遠しかったから、もともと科学好きではあったわけだ。だから96年に「エネルギーと環境」という統合プログラムでエネルギーに関連する地質、化学、環境科学と政治経済の4分野を勉強したあと、私はがぜんエネルギーに興味を持った。翌年には早速、地球科学とエネルギーの二分野がひとつになったコースをとった。

米国ワシントン州のエヴァグリーン大学はリベラルでコースも評価システムもユニークなことで有名である。地元北西海岸沿いの保守的住民層の間では悪評をかうことも多い。すでに2年前の話しになってしまうが、1999年11月末に起きたWTO、World Trading Organization、に抗議した市民や学生運動家たちの中にエヴァグリーンの学生が大勢いた。が暴動を煽動したのはうちの学生じゃない。ポートランドから乗りこんできた血の気の多いアナーキストたちだった。エヴァグリーンは人権運動や環境運動の先頭に立って論争を醸すことが多い大学である。やはり1999年の卒業式では冤罪が疑われている死刑囚のマミヤ・アブ・ハマルを栄誉ゲスト・スピーカーとして招き、これは学内外でかなりの論争になった。式当日、学長が「次に流れるテープを耳にしたくない人はどうぞ自由に席をはなれてほしい」と断り、警戒にあたる警察官と抗議する住民とでごった返した卒業式会場に刑務所内で録音されたマミヤのスピーチが流された。北西海岸の小さな町の学生4千人ほどの小さな大学である。

この大学のコースはほとんどが相互性、共通性に基づいていくつかの関連する学問分野を統合するようにデザインされており「地球科学とエネルギー」では地質、海洋、気象、それに太陽系の成り立ちをエネルギーの視点で捕らえた学習ができる。エヴァグリーン大学のコースにはセミナーが付き物で週に2回は小グループに分かれてディスカッションが行われる。このセミナートピックとして地質学の教授が選んだのがナノバクテリアだった。1997年、地質学者ロバート・フォークがナノバクテリア発見の発表をし学者たちのあいだで論争になっていた。生物に対するこれまでの概念を変え得るほど小さい微生物の発見を真っ向から拍手喝さいする地質学者は少なかった。このコースの教授もそのひとりで、だからこそナノバクテリアはセミナーディスカッションに最適なトピックだったことは確かだ。以下フォークの発表論文の一部を揚げてみる。
 

「ナノバクテリアとは約0.05から0.2ミクロン(ミクロン:100万分の1メートル)の非常に小さい生き物のことを指し、地中の石や土中のミネラルの中に豊富に生息し、おそらく地表の化学的な現象のほとんどに関与していると予想される。さらに推測するにこれらの微生物は地球上のバイオマス(生物質量)のほとんどを占めるほどでありながら、生物学界ではその生態はおろか遺伝学上の系統も代謝についても何一つ調べられていないのが現状である。…中略。これら超微小生物は土中、堆積物、鉱物や岩石などの中に計り知れないほど大量に存在し、また生物学的にはバクテリアとウイルスの間に分類されるものと考える。地中の鉱物の結晶化や、火山性の鉱物を土に還元したり、金属の風化などにも多いに関与していることが考えられる」
 
(ナノバクテリア)
  
フォークは地球上の地表における化学現象のほとんどすべてを微生物によるものであるとし、またその微生物のサイズがナノサイズ(千万分の1メートルから10億分の1メートル、10−7〜10−9)であるとした。通常のバクテリアがたいてい1から5ミクロンぐらい、ウイルスのサイズはさらにその10分の1の千万分の1メートルぐらいだからウイルスぐらいの大きさか、もう少し小さめの微生物ということになる。ちなみに微生物の定義は簡単に言うと肉眼では見えないくらい小さい生物のことを指し、バクテリア類は生物学上、真核生物と呼ばれるが、これはちゃんとした細胞組織を持つという意味だ。またウイルスは生物分類学上の系統樹のどこにも入らないが、それはウイルスが通常の生物が持つ細胞組織を持っていないことによる。これまでにウイルスよりも小さい生物が確認されたことはなかった。

人間にとって目に見えるものを信じるのは容易いが目に見えないものを信じるにはかなりの根拠と証拠が必要になる。オハイオ州ケース・ウエスタン大学の地質学部の教授ラルフ・ハーヴィーには特にそうだったようで、彼はフォークの発表をまさに想像力の成せる技、まったくの見まちがいとして真っ向から非難している。ハーヴィーの言い分はこうだ。電子顕微鏡がとらえたサイズとその形のみに頼って見えたものを生物と断定したフォークの発表には確かな根拠がない。バクテリアのような生物を生物と認めるためには「培養が可能で自ら繁殖能力を備え代謝によって生育し環境に反応する」などのことがらが確認されなければならないが、フォークの研究ではこれら重要な要因が観察されておらず、単にバクテリアに似ていて小さいというだけで生物と断定するなど言語同断と言いきっている。さらにハーヴィーはナノサイズは生物としての生存機能を備えるには小さすぎるとした。このハーヴィーの言い分には注目すべき重要な点がある。彼の言い分は現在の生物に対する概念を端的に現し、またその概念がいかに短絡的であるかを示している。我々が良く知っている生物あるいは生物と認められているものに相当しないならそれは生物ではない、という論理はこの学者の頭の硬さを良く顕わしている。

科学が面白いのはいつもドンデン返しの可能性を秘めているからである。パラダイムシフト(規範や概念の逆転や展開)がおきて当たり前なのが科学である。誰かがある理論を打ち立て、その理論が別の理論によってもろくも崩れ去るというのが健康で正常な科学の姿である。この意味でハーヴィーの「(現今の)概念に照らし生物と断定するにはナノバクテリアは小さすぎる」とした論拠は逆に弱い。なぜなら「小さすぎるものが絶対に生物ではない」と証明できたわけではないからだ。

このナノバクテリアの発表より先に実はもっと興奮すべき発見があった。フォークの発表より6ヶ月ほど前の1996年8月、デビッド・マッケイを始めとする米国NASAの科学者たちが火星隕石ALH84001の内部に微生物の化石らしきものが発見されたと発表していた。地球以外の惑星に生物が「いる」、あるいは「いたかもしれない」というのだから、こちらもナノバクテリア以上に論争を巻き起こした。多くの学者たちが発表は時機早生、入念で厳重な再調査が必要だと主張した。また隕石の中の微生物は地球に落ちた後で入りこんだのに違いないと非難した。この隕石が1984年に南極のアラン・ヒルで発見されていらい12年の歳月が経っているわけだから、それも当然のことだろう。実際NASAはこの発表を一旦否定している。「厳重な再調査を行いその結果がでるまでは」と言って発表を取り消している。NASAが慎重になるのは無理もない。しかしここにはいくらか諜報の匂いがなくもない。地球外知的生命の研究を進めるSETI(Search for Extraterrestrial Intelligence)や火星探査計画の資金繰りを効果的にするためには研究に実利のあるところを社会に示す必要があった…などと考えるのはわたしばかりだろうか、まあその話しはまたあとで。

さて米国NASAを中心に論争が続く中、地球上空約600キロメーターの周回軌道をめぐるハッブル・スペース望遠鏡はこれまでの地上望遠鏡による観測の10倍ほどの解像度で我々に日々宇宙のさまざまな現象の映像を送ってきていた。クエイザーの中心にブラックホールが確認されたり、銀河の衝突や美しいネビュラ(星雲)が手にとるように観測できるようになった。そして私の興味も宇宙と天文物理へと移っていった。1999年秋、なんとこの州立の小さな大学に天文物理と量子力学、それに特殊と一般相対論の3本柱を軸に宇宙理論までカバーするという世にもすばらしいコースが新設置され、私は身の程を知りつつも、数学で苦労することも覚悟して思いきってとることにした。実は非常に迷った。物理で飯を食って行けるのはほんの一握りの秀才天才だけということは知っていたし、自分がその中にまず入らないことも承知していた。今ならまだ環境学に戻れる。環境ならなんとか食べて行ける。けれど心身ともにどっぷり科学に魅せられてしまっていた私にはもう後戻りはできなかった。98年に量子以前の一般物理を修めて(物理は通常、古典物理(ニュートン力学)と現代物理(量子理論以後)に分けられる)一応準備はできてる。得たいの知れない量子力学とあこがれの相対性理論、どんなに苦労してもいいからやってみたかった。

量子力学や相対論のことはまた次の機会に書くこととして。私は上記の「天文学とエネルギー、そして宇宙理論」という新設置されたばかりのコースで勉強を始めた。秋季の研究課題は星間物質とオーツ星屑雲について調べることにした。オーツ星屑雲とは太陽系の一番外側、太陽から地球までの距離を1としたときに約50000倍のところに氷の粒やガス、星のかけら(隕石)やすい星(氷と塵の塊)などが集まって太陽系を包んでいる雲のことだ。ちょっと子宮を想像してみてほしい。その子宮は空っぽで真中に一粒の豆がある。この豆粒が太陽系で子宮の壁はオーツ星屑雲でできている。この雲の端はもう太陽系に一番近い星アルファ・センタウリに届くほどだ。この星屑の雲は原始太陽系の形成のもとになった時代のガスや星のかけらをいっぱい抱えている。また宇宙には巨大分子雲というものも浮いている。宇宙は決して真空ではないのだ。これらのガスや雲を総称して星間物質と呼んでいるが、驚くことにこの星と星の間に浮かぶ雲の中やオーツ星屑雲の中には地球上の生物の基になる炭化水素系の有機物質が含まれている。真空と思われていた宇宙空間に有機物質が浮かんでいるという事実に私は興奮した。生命の起源に関するパンスパーミア説を聞いた人は多いと思うが、この仮説は生命が必ずしも地球上で誕生したとは考えず、どこか他の惑星あるいは宇宙から、生命の種がすい星などによって運ばれてきて地球で芽を出したとする仮説だ。

現在ではハレーすい星やヒャクタケすい星などがオーツ星屑雲から飛び出したものであることが推定されているが、これらすい星のコア(芯)の中にも地球上の生物のもととなる蛋白分子が含まれていることが分かっている。つまり生命の発生が地球上で起きたとは必ずしも言えなくなってきたわけだ。生命の発生や起源に関する仮説にもいろいろあるがまだこれといった決め手はないのが現状だ。原始地球の有機物スープに雷が落ちて化学反応が起きたらしいという説が有力だが、確かに実験室でのシミュレーションでアミノ酸(生物に必須な蛋白質)の生成が確認されてもいる。しかしそれではいったいどのようにそのアミノ酸が秩序をもって集まり、しかも再生するに至ったかについてはまだ何もわかっていない。
最近、隕石の地球衝突を扱った映画なども出てすい星や隕石が地球に衝突する可能性が騒がれたが、観測データの集積と分析により隕石やすい星の到来には周期性があることがわかっている。またこの周期が地球上で起きた生物の大量絶滅の周期と一致することも分かってきて、これまで謎とされてきた恐竜の絶滅もどうやらすい星の衝突によるという説は有力である。最近そのクレーターも確認されている。

地球以外にも生物が存在する可能性が高まる中、地球上のあちこちでこれまでに想像もしなかった新生物が発見されている。それらはどれもこれまで我々が持っていた生物に対する概念を変えるものだ。たとえば海底の火山性熱水噴出口付近での生息が確認された微生物は摂氏115度近い熱水と酸性濃度の高い環境で生息している。このように極限の環境で生息する微生物を好極限微生物(Extremophiles)と呼ぶがこれらの生物は我々になじみの深い生き物とはまったく違った性質をもっている。まず摂氏115度といえば煮えたぎった熱湯である。その中で生存が可能な生物がいるなどと誰が想像しえただろうか。生物の細胞はそのほとんどが蛋白質と水分だが通常このたんぱく質は約摂氏60度で壊れてしまう。普通、水分は沸騰するとブクブクと泡だっていずれ蒸発してしまうが、この海の底ではものすごい水圧のために沸点が上昇し地上での沸点の100度をこえても水は沸騰しない。水圧がまたものすごい。海底の水圧は平均して一平方メートル当たり約4千2百キログラム、4トントラックが縦になってのしかかっているようなものだ。このような高熱環境を好んで生息するものは特に好熱菌と呼ばれているが温泉や間欠泉などでも生息が確認されている。
極限の環境で生育する微生物には鉄や硫黄などの無機物を食べて生育するものもいる。ワシントン州にあるコロンビア川の川底深い地中の玄武岩の中から発見された微生物は地中に発生するメタンを食べて生きている。地下に生息する微生物のほとんどが有機物ではなく鉄や水素などの無機物から直接代謝エネルギーを摂取して生息することができる。人間の病気で胆石や結石など内臓器のなかに石ができてしまうものがあるが、それらも微生物によるものであることが最近の研究で明らかになってきている。

1969年アポロ12号の飛行士たちが月から持ちかえったものの中に一台のテレビカメラがあった。1967年に打ち上げられた月面探査機三号に搭載されていたカメラだ。その後の2年半の間そのカメラはほとんど真空で極寒の月面にあったわけだが、カメラ内部にストレプトコッカスというバクテリアが見つかり科学者を驚かせた。バクテリアは探査機が月へ向かう前にカメラに侵入したものと考えられ、だとすると水もなく冷たく真空に近い気圧環境の月面で2年半の間生き延びて地球へ無事帰ってきたことになる。つまり極端な低圧、低温、乾燥、そして放射能に耐え、月往復の宇宙旅行にも耐えたわけだ。

原子力発電所内では放射能にあたっても平気で生きている耐放射線球菌Deinococcus radioduranが発見されている。この微生物は放射能によって壊されたDNAを修正しながら生存を続けることができる。放射能にあたっても平気であるということはつまり、宇宙空間を分厚い宇宙服なしに旅ができるということだ。宇宙空間はさまざまな放射線で満ちているが、ラジオジュランならすい星や隕石の中にもぐって何万年という宇宙の旅にも耐えられるかもしれない。
ナノバクテリアや好極限微生物、そして星間物質やすい星の中の蛋白分子、調べれば調べるほど「果たして生命は最初に地球で発生したのだろうか?」という疑問が沸いてくる。木星の衛星イオやヨウロパなどが地球環境に似ていると騒がれて久しい。イオの地表では活発な火山活動が確認され、ヨウロパの表面は氷で被われているが氷の下には水が豊富にあると推測されている。極限微生物ならいずれの環境でも生息が可能だろう。また火星隕石の中にも生物化石が発見されたとなると、なんとしても探査機を送って実際にサンプルを採集し地球へ持って帰らなければならない。火星ならそれほど遠くない。まず月に中間基地を置きそこから探査機を打ち上げるのがいい。月の重力は地球の6分の1だから打ち上げ燃料が節約できる。などといった具合に火星や木星の衛星にむけて探査機を送る計画は進んでいる。

宇宙に生命の可能性を探り生命そのものの本質に迫る。それがアストロバイオロジーだ。宇宙理論、天文、天体物理、地球科学、地質、海洋、生物、微生物、生物考古、分子生物、生命科学、ありとあらゆる学問分野を結集し宇宙探検の準備が始まっている。いずれ人類は宇宙へ出て行く。資源発掘、探求心、好奇心、どのような理由にしろ人間は留まってはいられない。すでにある私企業が地球に接近する隕石にむけて探査機を送る準備を進めている。隕石にその会社の社旗を翻し貴金属の発掘をする計画だ。資金さえあれば私企業の方がずっと動きやすい。先月NASAのCHIPsat計画のスペースクラフトの設計・製造の下請けが決まったスペース・デヴ社は1997年に「迅速で安価な宇宙開発」を掲げて旗揚げしたプライベート・エンタープライズだ。同社のNEAP(Near Earth Asteroid Prospector)計画は、隕石にパワーショベルを送りこんでプラチナなどの貴金属を掘り出したり、氷と揮発性炭化水素など燃料物質を豊富に含んだすい星をまるごと採取して資源活用するというものだ。米国、ロシア、カナダ、日本など数十カ国が参画する国際宇宙ステーションも稼動が始まり、人類の宇宙探検は始まっている。私企業による宇宙開発も避けられない。しかし宇宙資源の開発や所有化については、遺伝子操作やクローニングなどと伴に倫理について慎重な議論が必要だ。月の表面や火星に国境ラインを引くことがないように。また地球外生命は、見つかっても、見つからなくても、宗教や哲学に大きな影響を及ぼすことになるだろう。

つい先月火星グローバル探査機により、火星表面に急激に水が湧き上がり激流が流れたような跡が見つかり話題になっている。しかもつい最近に起きたものらしいことも推測されている。火星表面の温度は非常に低いはずなので学者たちはそれは水ではなく液体二酸化炭素に違いないとしているが、いずれにしても面白いことになってきた。地質学は大好きな分野だがナノバクテリアや極限微生物、そして火星の水などの情報をいろいろと集めて考察を楽しめる。科学をやる楽しさ、なぜ科学が面白いかを次の号でぜひ書いてみたい。
 

参照ウェブサイト:
火星グローバル探査機が捕らえた画像等:
New Images Suggest Present-day Source of Liquid Water on Mars:
http://nai.arc.nasa.gov/index.cfm?page=mars_gullies

スペース・デヴ社、NEAP計画について:
http://www.spacedev.com/missions/neap.htm

参考文献:
Nanobacteria: Surely not figments, but what under heaven are they?, Robert L. Folk, naturalSCIENCE Volulme 1, Article 7, 1997

Microbes Deep Inside the Earth by James K. fredrickson & Tullis C. Onstott, Scientific American, October, 1996

Witches* Brew of Weird Bugs, NSF, FRONTIERS

Astrobiologiests Find clues to Origin of Life, NASA News, February 19, 1999

ホームへ