シンメトリー、数学の神秘  April、2001
 
 

 日本文化を背景に育った私は幸いにもさまざまな方法で自然を楽しむすべを知っている。
目で見たり手で触ったり、匂いを嗅いだりあるいは食べてみたり、スケッチしたり詩に書いてみたり、俳句に歌ってみたりと我々日本人特有の自然鑑賞の楽しみ方は豊富である。また定規で図ってみたり計算してみたり、自然の様相や顕われ方について観察したり推測したりと自然を認識する方法にはいろいろある。エヴァグリーン大学の「自然科学への招待」というコースの中の生物学入門では自然観察とスケッチが必修であった。「右脳でドローイング」という本を読んでスケッチの基本を学び、週に一度フィールドへ出て実際にスケッチしてみる。ときにはスケッチの前に瞑想をする。教授が言うには紫色のもやもやとした雲のようなものがおでこの中に見えてきたらしめたものらしい。脳が充分クリエイティブ・モードになった兆しだそうだ。実際私のデッサン力は当時かなり進歩した。

ここ西海岸沿いは雨が多い。年間のうち約8ヶ月は雨が降る。針葉樹が中心の森の中は昼間でもほの暗い。大学キャンパスの森にも15から20メートルぐらいのダグラス・ファー(Douglas-fir)というモミの木が茂り、その木肌は緑の苔に蔽われシダ類がレースのように幹を飾りサルオガセがふわふわとぶらさがる。森の中は好奇心をそそられる珍しい地衣類や粘菌、キノコ類が豊富で、この森を南方熊楠と歩いたらさぞ楽しいことだろうなどと想像しながら歩く。枯木の幹にはふっくらとした真菌類が庇のように突き出てその軒下にはいまにもポトリと落ちそうなしずくを集めている。

まだ海の中をあるいたことはないがテレビなどで見たことのある海藻に良く似たものを森の中にも見つける。地衣類は形といい、その広がり方といい海の底に見つかりそうな海藻類によく似ている。真菌類や菌糸類はカビをはじめとしてキノコ類まで森の隅々を網羅している。まるで我々の脳や身体の中をはりめぐるニューロンのようにも思える。ひょっとしたら森の感覚器官になっているのではないだろうか。

「森羅万象(末尾参照)」という言葉があるが、森には深淵なる宇宙の現象が顕われている、というような気がしてならない。きっと南方熊楠も宇宙のことに想いを馳せながら森の中をうろうろと歩き回ったのではないだろうか。

自然、ことに植物にはその謙虚さにいつも敬服する。わたしのようにまるでいかにもモノ知りであるかのようにモノなどを書いて読者にこっぴどく叩かれるなどということもなく、慎ましやかにけれどもどっしりと構えてその生を生きている。アインシュタインが「石は石でいたがっている」と表現したように、木は木でいたがっているようだ。

さて、森の中でじっくりとひとつのものを観察してみる。ゆっくりと瞑想でもするように。するとなにかが見えてくる。普段気がつかない新しい物事に気がつく。下の写真はスターフラワーといってこの辺の森の中にはどこにでもある花だ。

  Star Flour
 

 

コントラストをつけて拡大、こんぺい糖のような星の形をした花びらに注目してほしい。スターフラワーはその名のとおり、まるで定規で引いたかのようにきれいな星型をしている。

  セリ科の植物に似ているが正確な種などは不詳

 上の写真は冬の森で見つけた枯れた花がらであるがきれいな五角形をしている。五角形といえばバッキーボール(サッカーボール)をすぐに思い出せるが、最近ではバッキーボール型に60個の炭素分子をつなげたナノサイズの新物質が開発されるなどして注目を浴びている形だ。また蜂の巣は六角形だが、どちらも空間を最大限に利用して無駄な隙間をなくすすることのできる形である。

自然界の根底に見え隠れする数理学の神秘

イアン・スチュアート(Ian Stewart)はその著書ライフズ アザー シークレット(Life*s Other Secret)の中で遺伝子(DNA)は生命の第一の秘密であり複雑な分子コードを顕わす「ア ブック オブ ライフ(A Book of Life)」であると述べているが、さらに「しかし生命の秘密をすべて解くにはDNAだけではまだ不充分」であるとも言っている。スチュアートによるとDNAは料理のレシピのようなものであり材料とその量、手順などを詳述するが、必ずしも最終的に出来上がる結果を保証するものではないと述べ、DNA以外にも生物の生育成長をコントロールしているものがあり、実はそれは物の理りと化け学の根底にある数理の法則であり、これらの法則を無視してDNAだけに焦点を当てても「生命の秘密(A Book of Life)」を解明できないとし、さまざまな自然現象に顕われる数理的法則の痕跡を紹介している。
またスチュアートは1800年代後半に活躍した数学者であり動物学者でもあったダーシー・トンプソン(D*Arcy Thompson)を当時の生物学界の偉大な一匹狼と称え、トンプソンの死後1948年に改定増量して出版された「オン グロース アンド フォーム」について次のように語っている。

この本の中でトンプソンは

「自然の中に顕われた形態を解釈、理解することが物理科学の成功を導いてきたが、このような解釈を生物科学にも応用することの重要性を説き、生命世界に顕わされた数理的形式および形態、たとえば巻貝の螺旋形、植物にみる不可思議な数のパターン、シマウマの縞模様などに注目し、その根底にある物理原則を見出そうとした… 

中略 

…もちろん現在の生物学がより微小な分子生物学へと移行している中ではトンプソンの指摘する生物全体を捉える形態というものがいかにも古臭く廃れてしまったかのようであるが、しかし生物あるいは生命それ自体のもつ原理法則を、生物の形態に顕われた数理的な法則に照らしてみることは決して古くさいということはない。現に21世紀の生物学はバイオマセマティクス(生物数理学)の時代になると予言しても間違いではないだろう」


さらにスチュアートは「今後は物理と生物を同じ土俵で語るために新しいタイプの数理学が必要となり、なおかつ、近い将来この宇宙の不可思議さと豊かさをひっくるめてなおエレガントな数式で顕わせるときが来るに違いない」と述べている。

 さて写真は大学のキャンパスで拾った松ぼっくりであるが現像プリントとも私の手によるもので質が悪くちょっと申し訳ないが、あるパターンをとらえてもらえるだろうか。

  ポンデローサパイン(Ponderosa Pine)のまつぼっくり
 
 

図1

よく見ると図1のようなパターンが見えてくるがこれはフィボナッチ・ナンバーと言って0、1、1、2、3、5、8、13と常に最後の二つを足すことによって得られる数が顕われている。自然界の法則の根底に数の原理が働いているかのようにこのフィボナッチ・ナンバーは黄金率とならんでさまざまな生物の形態に顕われている。他にフィボナッチ・ナンバーが顕著に顕われているのはごく身近なものではヒマワリの種の並び方などがある。松ぼっくりやヒマワリ、蜂の巣などが持つ形態は限られた空間を最大限に利用し、エネルギー的に安定した形であるようだ。螺旋に顕われた代表的なものはまき貝である。下のグラフィックスはコンピュータ処理イメージ。

        

イメージ提供:メディア・アート・ラバトリー黄金分割と螺旋

図2 図3 図4

上の図2はフィボナッチナンバーとその比率である黄金率でしきった長方形。また図3は黄金率による螺旋の展開。図4は黄金率により算出した137.5度を繰り返した螺旋。黄金率は自然界のみならず、人間界にも多く採用されている。


  
 上述の花柄を実際に分度器を使って測ってみるとそれぞれ一番下の角から右回りに66、67、80、77、70度であった。もちろんこれらを全部足すと360度になる。このような計測をしてみると生物に顕われたフィボナッチ・ナンバーや黄金率が必ずしも完璧ではないということがわかる。それではなぜ完璧ではないのだろうか。自然現象には変数が多いためだろうか。天気予報だってはずれることのほうが多いし、温度やら湿度、太陽光線の強さだって雲があるかないか、スモッグがあるかないかで刻一刻と変化するために違いない。生物の成長生育過程に数理の法則が働いているとしても様様な諸条件から完璧な形態にある程度の誤差や歪みがでるのは当然に違いない、と私は考えた。とにかく形に興味をもった私はもうすこし形について調べてみることにした。
 

シンメトリー(図形あるいは空間の対称性、物質の対称性、そして現象の対称性)

自然の中の形態に顕われた数の原理法則をすこし見てきたが、人間は左右が対称な形態を好むようだ。下の写真はいずれも中心を軸にして左右が対称な形で、人工のものにはこのような左右対称の形は多い。

 車の対称性とフロントガラスに映った木の影に注目。

 同じネガを数回に分けて拡大しながら露光。
 

形のシンメトリーにはいくつかの種類があるが、上に述べた左右が対称なシンメトリー、上写真のビートルに見られる拡大性シンメトリー、また雪の結晶のような六角形などの回転性シンメトリーなどがある。我々の手足などは左右対称ではあるが、これらは特に鏡像異性と呼ばれる。鏡像対称はたぶんもっとも我々人間が好む形であるようだ。まず我々の顔も身体も中心から左右対称である。また日本の家紋や西洋の紋章などに左右対称は多くみられ、中国の陰陽道のシンボルなどは回転シンメトリーの分り易い例である。もちろん日本の花道に見られるようにアシンメトリーの美を追求したものもあるが、ここではそのことには触れない。

さらにシンメトリーには現象あるいは作用が対称であるものがある。たとえば電気のプラスとマイナス、磁石のN極とS極、電子(electron)と陽電子(positron)、物質と反物質などである。これら作用の対称性は押しなべて言えば、引く力と反発する力ということになるが、重力にはこの対称性がなく引く力のみである。そのために物理学者を悩ませてきた。我々生物も含めて宇宙を構成する最小単位を追求し研究する素粒子物理学者たちは重力粒子(graviton)や反重力粒子(anti-graviton)を探しているが、まだ見つかっていない。

さてシンメトリーのこと。シンメトリーについては多くの科学者や科学ジャーナリストがその著書に書いているので、ぜひみなさんにもそのセンス オブ ワンダー、なぜだろう、なぜかしらという感覚を味わっていただけたらと思いご紹介したい。

雪の結晶の美しさにとりつかれた人は多いと思うが、1600年代に惑星の運動を説明した「ケプラーの法則」で有名なあのケプラーもその一人だった。ケプラーは自然現象の中に数の原理が見え隠れするパターン探しに熱中していた。彼がスポンサーに新年の贈り物として書いた『六つの角をもつ雪の結晶(Six-Cornered Snowflake)』と題した本の中で、雪がこのような六角の対称性を持つのは、その基本の構成物質、つまり原子がこの形をしているからに違いないと考え、その思考実験について書いている。ケプラーはこう考えた。「もし雪の結晶が、その結晶体と同じ形をしたいくつもの小さい粒で出来ているとしたら、それらの粒は最終的に六角形を形作るように並んでいるに違いない。もしそうだとして、結晶は平たい平面だからそれらの粒が並んで平たい平面を創るためには、と考え、彼は同じ大きさのコインを使って実際に並べてみた。まずひとつ置きそのまわりにできるだけたくさん隙間なく並べようとするとコインは6個並んだ。このケプラーの考えは1930年代にハンガリーの数学者によって立証された。昨今の結晶学の発達によって物質が平面構成を持つ場合、エネルギー的に一番安定し効率の良い六角シンメトリーの形を創ることが証明されている。

話しはここで終わらない。確かに雪の結晶はおおまかに六角形の形をしているがそれぞれ角はとがっているし、またもっとよく見ると羊歯植物のようなのこぎり型の縁をもっている。これは1962年にジョン・デイ(John Day)により不安定性先端分岐(tip-splitting instability)と言われる現象によりさざ波のようなひだが起こりこの結果、星のように先のとがった六角形が出来あがるということが判った。

ひとつとして同じ結晶ができないのは、この不安定性先端分岐の要因によるが、この要因には、気圧や温度、湿度などの種々の条件とさらに空間と時間が一致するということがないためである。

実はシンメトリーは以前に書いた平衡と深い関係がある。シンメトリーを辞書で引くと「対称性、調和、釣り合い」などと書かれている。またその号で平衡は熱力学と深い仲であるということも書いたが、このシンメトリーという概念はそれら熱力学やなんやかやとひっくるめて現在わかっている宇宙の現れ方について顕わした概念でもある。現行する素粒子理論では通常の物質を構成する最小単位はクウォークとレプトン粒子でありそれぞれの粒子は相反する粒子を持つ(素粒子はさらにもっと小さい単位に分けられているがここでは触れない)。

そしてこのシンメトリー、超対称性が現在我々に観測可能な宇宙の在り方の根源にあるようなのだが、しかしまったくの対称だと、作用、反作用あるいは物質と反物質が相殺してプラス+マイナス=ゼロの世界になってしまう。科学者は何かがこの対称を破っていると考え、この対称の破れこそが物質世界を現出していると言っている。これはある意味では宇宙以前には「完全」だったが、その「完全」を何かが破り、その結果、現在我々が認識している宇宙が出来あがったとも言えるかもしれない。

それではいったい何ものがシンメトリーを破ったのかというと、現在わかっているところではヒッグズ場と呼ばれるものが推定されている。現在、理論物理学は素粒子理論(ミクロ)と宇宙物理(マクロ)を総括する時代に入った。ワインバーグの統一理論を経て宇宙理論はトポロジー(位相幾何学)の時代になり、また超ひも理論は最新のM理論へと進化しているが、この最新の理論は純粋な数式によるものとなっている。

つい最近ヒトゲノムが解析されたが、このことをアインシュタインが聞いたらなんと言うだろうか。彼の一生涯の夢だった大統一理論は超ひも理論やM理論によって達成の見込みのようであるらしいが、これらの理論は複雑な数式に支えられており彼が夢みていた「シンプルな理論」とはほど遠いようだ。

さてわたしはシンメトリーを破るものは生物現象にこそその鍵が見い出せるのではないかと考えているのだが、ぜひみなさんもミクロとマクロの世界の橋渡しをする生物界に対する感覚を磨いて、このお花見の春に自然観賞にいそしんでみてはいかがでしょうか。

参考文献とインターネットサイト:

フィボナッチ・ナンバーと黄金率(英語)
http://www.mcs.surrey.ac.uk/Personal/R.Knott/Fibonacci/fibnat.html#golden
http://www.mcs.surrey.ac.uk/Personal/R.Knott/Fibonacci/fib.html

メディア・アーと・ラバトリー黄金分割と螺旋
http://www01.u-page.so-net.ne.jp/gc4/ikufumi/1.6.html

簡単物理辞典(素粒子)
http://ccwww.kek.jp/public/jiten/particle/particle.html
 

粘菌が迷路を最短ルートで解く能力があることを世界で初めて発見:
北海道大学 理化学研究所
http://www.riken.go.jp/r-world/info/release/press/2000/000926/

粘菌の写真:
http://www.biol.s.u-tokyo.ac.jp/users/kawano/pp.html

日経サイエンス1998年5月号:
超ひも理論からM理論へ(M.J.ダフ )
http://www.nikkei.co.jp/pub/science/page/honsi/9805/Mtheory.html

超ひも理論:
http://www2c.airnet.ne.jp/phy/phy/76.html
 

Drawing on the Right Side of the Brain, Betty Edwards, Tarcher Putnam Inc., 1989

森羅万象:
小学館国語辞典によると「森羅:数限りなく並んでいる、万象:宇宙空間のあらゆるものごと」とある。

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